浦志強 弁護士の逮捕、法の支配の後退の象徴
2014年06月15日
http://www.hrw.org/ja/news/2014/06/15-0
浦弁護士の『犯罪容疑』なるものは、中国のシステムを中国法に従わせようという努力にほかならないとみえる。浦弁護士を逮捕することで、習近平国家主席は法の支配の実現という公約を骨抜きにし、司法改革にきわめて重要な役割を果たしてきた人物の活動を妨害している。
ソフィー・リチャードソン、中国部長
(ニューヨーク)-中国政府は著名な人権弁護士の浦志強氏を釈放し、すべての刑事立件を速やかに取り下げるべきだと、ヒューマン・ライツ・ウォッチは本日述べた。中国国内の報道によれば、浦氏は騒動挑発罪(挑発混乱引起罪)と国民個人情報不法取得罪で6月13日に正式に逮捕された。
ヒューマン・ライツ・ウォッチのソフィー・リチャードソン中国部長は「浦弁護士の『犯罪容疑』なるものは、中国のシステムを中国法に従わせようという努力にほかならないとみえる」と述べる。「浦弁護士を逮捕することで、習近平国家主席は法の支配の実現という公約を骨抜きにし、司法改革にきわめて重要な役割を果たしてきた人物の活動を妨害している。」
騒動挑発罪と国民個人情報不法取得罪の最高刑はそれぞれ10年と3年だ。浦弁護士には合計で最長13年の刑が科される可能性がある。北京警察は浦弁護士を他の容疑でも捜査継続中だと発表した。微博(中国版ツィッター)の投稿で、浦弁護士の弁護人の張思之弁護士は、長期刑が宣告される恐れがあると指摘。これら2つの容疑の根拠はまだ明らかにされていない。
2014年5月3日に浦弁護士は10数人の活動家と共に天安門事件に関する小さな研究会に出席。その後4日夜遅くに浦弁護士は自宅から北京警察に連行された。浦弁護士は5月6日に騒動挑発罪で拘禁処分となった。同じ容疑で拘束された参加者4人はすでに釈放されている。浦弁護士は北京市第一看守所に今も拘束されている。
浦弁護士には糖尿病の持病がある。拘禁されてからこれまでにインスリン注射と投薬を受けたほか、病院を一度受診した。しかし面会した弁護士によると、浦氏はほぼ毎日10時間にわたる取調べを受けており、そのせいで脚がむくんでいると述べた。浦氏の弁護士は治療を理由に釈放を申請したが、却下されている。中国の拘禁施設での医療は、受けられたとしても基本的な内容に限られる。北京出身の活動家の曹順利氏は2014年3月、拘禁中に健康状態が悪化して死亡した。
現在49歳の浦弁護士は、1989年の民主化運動には学生活動家として参加。天安門事件後に弁護士となり、北京広播学院(現、中国伝媒大学)で3年間法学を教えた。浦氏は中国で最も有名な弁護士の1人。マスコミにもしばしば登場してきた。2013年に国営『中国新聞週刊』誌は、浦氏を法の支配を推進する上で最も重要な人物として取り上げた。
浦弁護士は著名な人権事件をいくつも手がけてきたが、特に、虐待の横行する行政拘禁制度「労働教養」制度廃止のために、拘禁された被害者たちの代理人を務めたことで、よく知られている。浦弁護士は2013年、有力者だった曹順利公安部長(当時)を公に批判したことでも知られる。報道によれば、曹元部長はここ数か月公の場に登場しておらず、汚職捜査(詳細は秘密)の対象となっている。
浦弁護士が、刑事拘禁・刑事逮捕までされたのは、今回が初めて。しかし、警察によって尋問されることは何度もあった。作家・活動家の劉暁波氏へのノーベル平和賞受賞が発表された2010年10月には、マスコミの取材を受けたことで警察に短期間とはいえ拘束されている。
習近平国家主席は2013年3月の就任以来、中国国民の市民的・政治的自由をよりいっそう制限している。「ネット上の噂」や「ポルノ」を口実にしたインターネットへの取締りを開始し、「ビッグV」と呼ばれるネット上のオピニオンリーダーを拘束し、WeChatやQQのアカウントを大量閉鎖した。また従来の犯罪の定義を広げ、非暴力によるネット上の表現も対象にするとの法解釈を発表した。習政権は公安関係容疑で活動家数十人を逮捕している。新公民運動の創始者許志永氏、ウイグル人学者イリハム・トフティ氏など、著名な穏健派活動家への弾圧も行っている。
弁護士への弾圧は特に激しさを増している。2014年3月、4人の著名な人権派弁護士が黒竜江省を訪れ、依頼者と面会しようとした際に身柄を拘束された。一部は拷問も受けた。天安門事件25周年を目前にした5月には、多くの弁護士が犯罪容疑をかけられ拘禁された。
唐荊陵弁護士は広東省、劉士輝弁護士は上海で騒動挑発罪で拘束された。また常伯陽弁護士と姫来松弁護士は河南省で公共秩序騒乱罪(多衆集合公共場所秩序妨害罪)で拘束された。唐弁護士、常弁護士、姫弁護士は現在も拘禁されている。身柄拘束されたこれらの弁護士らは、様々な人権事件で被害者の代理人を務めてきた。事件は土地の強制立ち退き事件から、汚染粉ミルク事件、差別事件に及ぶ。
昨年来、政府はますます弾圧を強めている。報道によると中国共産党中央弁公庁は「9号文件」を発行。これは党員に警告を与えるもので「普遍的価値」や運動など共産党支配をゆるがす7つの脅威と戦うことを党員に指示する内容だ。
党中央組織部、中央組織部、教育部がほぼ同時期に共同で発行した文書には、大学に対して若手教員の「イデオロギー教育」を強化するよう求めている。中国政府は大陸で活動する記者に対し、党のイデオロギー試験への合格を国家免許の更新の条件と定めた。
「浦弁護士や許教授、トフティ教授は、中国の司法制度を機能させるための不可欠な努力をしてきた人物。しかし中国政府は彼らを沈黙させるべき脅威と見なしている。昨年来、状況はかなり悪化している」と、前出のリチャードソン部長は指摘。「浦弁護士らを釈放しない限り、習主席が宣伝する『司法改革』の掛け声はむなしく響くだけだ。」